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横浜地方裁判所 昭和51年(モ)797号 判決

申請人

吉村義一

申請人

中村良

申請人

久保田一一

申請人ら訴訟代理人

猪俣貞夫

山内忠吉

畑山穣

外五名

被申請人

鶴菱運輸株式会社

右代表者

白石譲

被申請人訴訟代理人

竹内桃太郎

山西克彦

富田武夫

主文

一  申請人らと被申請人間の当裁判所昭和五一年(ヨ)第二九九号地位保全等仮処分事件について、当裁判所が昭和五一年三月二六日になした仮処分決定はこれを取消す。

二  申請人らの本件仮処分申請を却下する。

三  訴訟費用は申請人らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請人ら

主文第一項掲記の仮処分決定を認可するとの判決

二  被申請人

主文第一項、第二項同旨の判決

第二  当事者の主張

一  申請の原因

1  当事者

(一) 被申請人は、申請外関東菱光株式会社で製造される生コンクリートの輸送を目的とする会社であり、本社と営業所を横浜市鶴見区に、出張所を同市磯子区にそれぞれ置き、本社及び営業所の従業員二四名、生コンクリートミキサー車(以下生コン社と略す)の保有台数一七台、磯子出張所の従業員二一名、生コン車の保有台数一六台である。

(二) 申請人らはいずれも職業運転者であり、申請人吉村義一、同久保田一一は昭和四八年一〇月一日、同中村良は昭和四九年三月一日、それぞれ被申請人に雇用され、以来、被申請人磯子出張所における生コン車の運転業務に従事していた。

2  解雇

被申請人は、昭和五一年三月八日、申請人らを解雇する旨の意思表示をなし、翌日以降、申請人らの就労を拒否し、賃金も支払わない。

3  賃金

被申請人の賃金支払方法は、当月一日から末日までの分を翌月の第一土曜日に支払うとの約であり、申請人らの一か月の賃金及び昭和五一年三月九日から同月末日までの賃金は別紙債権目録記載のとおりである。

4  保全の必要性

申請人らは、いずれも賃金収入を唯一の生活の資とする労働者であり、前記の解雇により生活困窮に陥り、著しい損害を蒙ることが明らかである。

5  以上の理由により、申請人らは、当裁判所に、申請人らが被申請人の従業員である地位にあることを仮に定め、かつ、被申請人に対し、別紙債権目録下段記載の金員を昭和五一年四月三日に、同上段記載の金員を同年五月一日以降毎月第一土曜日に、それぞれ仮に支払うよう求める仮処分を申請したところ、これを認容する原決定がなされたので、その認可を求める。

二  被申請人の答弁及び主張

1  申請原因1ないし3の事実中、1の(一)の事実、同(二)の事実のうち、申請人らが職業運転者であり、被申請人磯子出張所における生コン車の運転業務に従事していたこと、2の事実のうち、昭和五一年三月九日以降、被申請人が申請人らの就労を拒否し、賃金を支払つていないことを認め、その余の事実および3の事実を否認する。被申請人と申請人らとの間には、後記のとおり、労働者供給事業による供給契約に基づく使用関係(雇用ないし雇用類似の法律関係)は存在したが、右は終身雇用を前提とする典型的な雇用とは異なるものであり、また、申請人らを解雇したものではない。

同4、5を争う。

2  被申請人の主張(使用関係の終了)

(一) 申請外新産別運転者労働組合は、自動車運転者を主体として昭和三四年に結成された職業別労働組合であり、職業安定法四五条、同施行規則三二条に基づき労働大臣の許可を得て、無料の労働者供給事業を行うようになつた。

(二) 申請人らは、右新産別運転者労働組合東京地方本部(以下新運転という)所属の組合員として、新運転と被申請人との間の労働供給契約に基づいて被申請人に供給され就労していたところ、昭和五一年三月五日、新運転を脱退し、新運転からの供給システムから離脱するに至つたため、被申請人に供給されなくなつたものである。

(三) 被申請人は、昭和四八年一〇月一日、磯子出張所を開設するにあたり、同出張所の生コン車の運転者全員を新運転から供給される組合員で構成することとした。このように、同出張所において常用運転者を一名も置かず新運転から供給される組合員のみを使用することとしたのは、生コンクリート輸送業務の繁閑に応じて随時使用人数の調整を図ることが可能であると共に、運転者確保の困難を解消するためであつた。右開設当時、被申請人と新運転の各代表者の間で、(1)被申請人磯子出張所は、生コン車の運転者をすべて新運転から供給を受け、右以外の者を使用しない。(2)新運転は同出張所で必要とする人員をその都度責任をもつて供給し、業務に支障を来たさないように努める。(3)組合員の労務管理全般にわたつて新運転が責任を持つ。(4)新運転は供給する組合員の技量、人格、服装等に留意し、善良な組合員を供給する。以上の四点について協議が整つて合意し、右(1)については、昭和四九年五月二日、確認書(乙第九号証)として文書化した。そして、被申請人と新運転との間では、毎年一回供給契約(労働協約)を締結して、組合員の供給が続けられた。

(四) 新運転組合員の就労形態には、窓口就労(一般就労)と専属就労の二通りがあり、窓口就労は組合員が就労を希望する日毎に新運転組合事務所窓口に出頭して順番を確保し、供給を受けて就労するものであり、専属就労は一定の事業所に三日以上(最長期間は一か月)継続して就労する場合である。

(五) 申請人吉村は、昭和四八年六月二〇日、新運転に加入し、東部運送、柴田運送等に窓口就労者あるいは専属就労者として供給されたのち、昭和四八年一〇月一日より、申請人久保田は、昭和四七年一一月一日、新運転に加入し、第一産業、被申請人鶴見営業所等に窓口就労者あるいは専属就労者として供給されたのち、昭和四八年一〇月一日より、申請人中村は、昭和四四年一〇月二一日、新運転に加入し、東部運送、三池運輸等に専属就労者として供給されたのち、昭和四九年三月九日より、それぞれ被申請人磯子出張所に専属就労者として供給され、以後同所に反覆して供給されていた。

(六) ところで、職業安定法による労働者供給事業によつて供給された労働者と供給先との使用関係は、労働者供給事業を行う労働組合(以下労供労組という)と供給先との間の供給契約に基づく労供労組の具体的な供給によつて成立するものであると共に、日々の供給が継続する限りにおいて存続するものであり、当該労働者が組合員としての身分を喪失するなどして労供労組から供給されなくなつた場合には、前記の使用関係が成立、存続する余地のないものである。

(七) 申請人らは、新運転と被申請人との間の供給契約に基づいて被申請人に供給され、被申請人との使用関係が成立し存続していたところ、昭和五一年三月五日、いずれも新運転を脱退し、新運転の組合員としての資格を喪失して、労働者供給の対象外となつたのであるから、同日、被申請人と申請人らとの間の使用関係はいずれも消滅した。なお、被申請人代表者は、昭和五一年三月八日、申請人らが新運転の組合員たる資格を喪失し供給の対象とならないことが確定的となつたため、申請人らに対し、「同月九日以降の就労は断る」旨の通告をなし、右が申請人らに到達したので、適法に使用関係打切りの意思表示もなされている。以上のとおり遅くとも同月八日には被申請人と申請人らとの間の使用関係は消滅した。したがつて、原仮処分決定は不当であるから、その取消と、仮処分申請の却下を求める。〈以下、省略〉

理由

第一申請原因事実中、1の(一)の事実、及び申請人らがいずれも職業運転者であり、被申請人磯子出張所における生コン車の運転業務に従事していたこと、被申請人が昭和五一年三月九日以降申請人らの就労を拒否していることは、いずれも当事者間に争いがない。

第二申請人らと被申請人との関係とその消滅

一新運転が労働大臣の許可を受けて労働者供給事業(以下労供事業という)を行う労働組合であること、申請人らが新運転所属の組合員として新運転と被申請人との間の労働者供給契約に基づき、申請人吉村、同久保田において昭和四八年一〇月一日より、申請人中村において昭和四九年三月より、前記就労を拒否されるまで、いずれも専属就労者として被申請人に供給され、就労していたこと、申請人らがいずれも昭和五一年三月五日新運転を脱退して組合員としての資格を喪失したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二被申請人は、申請人らが新運転を脱退して労供事業の対象外となつたので、被申請人と申請人との間の使用関係が消滅したと主張するので検討する。

1  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が一応認められ、〈る。〉

(一) 新運転は、昭和三五年三月、職業安定法四五条、同施行規則三二条に基づく労働大臣の許可を得て無料の労働者供給事業を行うことになり、業務運営規程、同細則、事故共済規程等(乙第五号証)労供事業を遂行するために必要な諸規程を定め、所属組合員全員を対象に労供事業を行つている。

(二) 新運転の行う労供事業により供給を希望する労働者は、新運転に加入しなければならず、加入に際しては新運転の定める「加入者の取り扱いに関する規程」(乙第五号証)に基づき、加入申込書、身元保証人二名の連署による誓約書、身上書を提出し、同時に運転免許証、印鑑等を提示する。そして、加入手続完了後に加入講習の受講を義務づけられており、薪運転の組織、規約、理念、特色、業務の運営等全般にわたつて講習を受け、また、加入後に、組合規約、諸規程を一冊にまとめた「組合のしおり」(乙第五号証)の配布を受ける。

(三) 新運転からの供給を受けようとする利用者は、新運転との間で労働協約の形式をもつて供給契約を締結しなければならず(業務運営規程2)、供給契約成立後でなければ新運転の組合員の供給を受けることができない。なお、供給の申込みはあらかじめ供給契約を締結した利用者に限られている(同規程3)。

(四) 供給契約を締結した利用者は、必要の都度、随時、新運転の事務所に電話又は口頭で必要な人員の供給を申込むことができ、新運転は、就労を希望する組合員の中から後記(五)の方法で供給する組合員を決め、組合員氏名、供給先事業所名等を記入した供給票と勤務票(乙第七号証一ないし三)を交付して、就労させる。

(五) 組合員の就労形態には、窓口就労と専属就労とがある(この点は当事者間に争いがない)。窓口就労の場合は、供給を受ける順序は当日新運転の事務所窓口へ出頭して組合員証を提出した順番によつて決められ、供給される組合員に一日単位の供給票と勤務票が交付される。供給票は供給先に渡され、勤務票は当日の就労に対し支払われた賃金額等所定の事項が記載されたうえ、新運転事務所に持ち返つて返納される。専属就労の場合は、利用者からの専属就労の申込みのあつた組合員に、一か月未満の期間の場合にはその就労日数分に応じた枚数の勤務票が、一か月の場合には一か月分(二六枚綴りと一か月分を一枚にまとめたものとがある)の勤務票が交付される。専属就労者は月末には必ず新運転窓口に戻り、専属者連絡会議に出席して所定の手続をとり、その後に翌月分の勤務票の交付を受けて供給される。以上いずれの場合にも、新運転の指定した勤務票(就労票)なしで就労してはならない(業務運営規程細則8(1))し、利用者は勤務票なしに組合員を使用してはならない(労働協約書第一条、乙第一四号証の一ないし三)のである。

(六) 組合員の供給先における賃金、勤務時間等の労働条件はすべて新運転と供給先との間の供給契約によつて定められ、組合員は直接これに関与しない。賃金は日額をもつて定められ(その額は新運転と生コンクリート業界との毎年一回の統一交渉によつて画一的に決せられる)、組合員の年令、経験等を問わず全員一律であり、一般の常用運転者に比べ相当高額である。夏期、冬期の一時金はなく、退職金もない。なお、交通費は組合員の住所地からではなく、供給手続を行つた組合事務所から就労場所までの往復交通実費のみが支給される。

(七) 被申請人は、昭和四八年一〇月一日、磯子出張所を開設するにあたり、二〇名程度の生コン車の運転者を必要としたが、必要人員の確保が困難な情勢にあつたことや、業務の繁閑に応じて随時使用人員の調整を図ることが可能であつたことから、その全員を新運転から供給される組合員で構成することとした。右開設当時、被申請人と新運転の当時の各代表者間で、被申請人磯子出張所は生コン車の運転者をすべて新運転から供給を受け、右以外の者を使用しないことその他三項目について協議が整い合意がなされた。その後、昭和四九年五月二日、被申請人の代表者が交替したことから、右の点を文書化して確認書(乙第九号書)が作成された(なお、申請人らは右確認書は申請人らが新運転を脱退した後に作成された疑いが強いと主張するが、前掲乙第一〇号証の一、二、被申請人代表者本人尋問の結果(第一回)によれば、右認定の経緯で作成されたものであることが明らかである。)。そして被申請人と新運転との間では、毎年一回供給契約(労働協約)を締結し、新運転のなす前記の手続、態様による供給が続けられていた。

2  右事実によれば、新運転による労供事業においては、新運転所属の組合員でなければ供給の対象とならず、かつ、新運転による供給がなければ被申請人磯子出張所における就労はなく、被申請人においても、右の供給によつてのみ新運転所属組合員を使用しうるものであり、また、新運転からの勤務票(就労票)による日々の供給とその継続の存するかぎりにおいて右の就労、使用の関係が存続していた事実が認められ、したがつて、供給によつて生ずる供給先(被申請人)と供給を受ける者(申請人ら組合員)との法律関係は、新運転による供給のあるかぎりにおいて成立する使用関係(就労に対し賃金が支払われる意味において雇用関係と解しても差し支えないが、供給の存するかぎりにおいて存続する特殊な雇用関係である。)であるものと認めるのが相当である。そして、被申請人及び組合員であつた申請人ら双方において、このような新運転による労供事業の実態、仕組み等を十分知悉していたものであることは前認定の経過から明らかであり、したがつて、供給後の当事者間の法律関係が前記のように供給の存するかぎりにおいて存続する使用関係であることを了承のうえ、これに従う意思で相互に就労、使用していたものと認めるのが相当であり、右当事者間に、一たん供給がなされた後は新運転の供給と離れて別個の雇用関係が成立し、これに基づいて就労、使用する意思があつたものとみることは到底できない。

3  しかして、一般に、労供事業による労働者の供給は、「供給契約に基づいて労働者を他人に使用させることをいう」(職業安定法五条六項)のであるから、同条の法意に照らせば、供給によつて使用関係が成立すると共に、供給の継続によつて使用関係をも存続させるものと解されるので、これと前記認定の事実を考え合わせると、新運転による労供事業においては、供給が打切られれば、被申請人と申請人らとの側用関係も当然終了することになるものと解するのが相当である。

4 したがつて、被申請人と申請人らとの間の使用関係は、申請人らが新運転を脱退し労働者供給の対象外となつた日をもつて終了したものと認めるのが相当である(なお、〈証拠〉によれば、被申請人において、昭和五一年三月八日に申請人らが新運転から供給されないことが確定的であることを知つたため、翌九日から申請人らの就労を拒否したものであることが一応認められる。)。

三申請人らは、被申請人と申請人らとの間に、期間の定めのない雇用契約が成立していた旨主張するが、右両者の関係が、新運転と被申請人との間の供給契約(労働協約)に基づき、新運転が被申請人に対してなした供給によつて生じた使用関係に過ぎないことは前認定のとおりであつて、この使用関係は、新運転の行う日々の供給(あるいはその継続)によつて日々成立、存続していたものというべく(専属就労の場合といえどもこの関係は異ならない。)、右供給契約をはなれて当事者間に別個の雇用契約が成立するものとは到底解し得ないから、申請人らの右主張はこれを採用し得ない。

なお、申請人らにおいて、右主張の根拠としている各事実(前記事実摘示第二、三、2(一)(2)イないしチの事実)は、被申請人代表者本人尋問の結果(第一、第二回)ならびに前記各認定事実に照らして、これを期間の定めのない雇用契約の成立を推認せしめる事由とはなし難い。

第三解雇無効の主張について

一申請人らは、被申請人と申請人らとの間に成立した期間の定めのない雇用契約が解雇されたと主張するが、期間の定めのない雇用契約が成立したと認めるに足りないことは前記のとおりであり、他に右両者間に別個の雇用契約の存在したことにつき何ら主張、疎明のない本件においては、右主張は失当である。

二もつとも、申請人らの右主張は、前記の労供事業によつて生ずる反覆継続した使用関係の打切りに解雇の法理を類推すべきであるとの趣旨と解しえないでもないので検討するに、被申請人と申請人らとの間の使用関係は、前記認定のとおり、新運転からの供給のあるかぎりにおいて成立、存続すると共に、供給が打切られれば当然終了する性質のものであるうえに、申請人らは、年令、経験を問わず全員一律に、一般の常用運転者に比較して高額の賃金(日給)を取得でき、同一の条件のもとに新運転と供給契約を締結している他の事業所においても稼働できるのであるから、特定の事業所とのみの使用関係の継続を期待することに合理性を認めることはできないので、このような使用関係の打切りに解雇の法理を類推することは相当ではない。

三したがつて、解雇ないし解雇の法理の類推を前提にしてなす申請人らの不当労働行為等解雇無効の主張は、その余の点につき判断を加えるまでもなく失当である。〈以下、省略〉

(瀧田薫 吉崎直弥 飯渕進)

別紙〈省略〉

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